楽器フェア「冨田勲メモリアルミュージアム」終了しました

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楽器フェア2016が昨日無事に終わりました。
ここ数年来の楽器フェアの中ではもっとも盛況だったように思えます。ご来場の方々、本当にありがとうございました。

シンセ関連、デジタルオーディオ関連、音楽系ソフト関連、音楽電子事業協会(AMEI)が集結するシンセフェスタ16コーナー全体の取り仕切りは、新生JSPA(日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ)としての初の大仕事となりました。この巨大なシンセゾーンの入口部に設けられた「冨田勲メモリアルミュージアム」は本フェスタのシンボルとして大きなハイライトになるのは言うまでもありません。今回、僭越ながらこのコーナー担当という重責を仰せつかることとなりました。

私事になりますが、この準備に追われるピーク時期に父が他界しました。公私ともにさまざまな要件が重なり、身動きできない状態にも陥りました。しかしこんなときにJSPA代表理事の松武秀樹、本フェスタ総合プロデュース担当の氏家克典、JSPA理事の藤井丈司、上杉尚史の各氏といったすばらしいメンバーから実働面、またメンタルな面にまで大きなサポートを頂き、何とかこの重責を乗り越えることができました。この場を借りまして深く感謝いたします。

冨田勲先生の使用機材は、多くのミュージシャン、クリエーターに分配保管されておりました。1台1台、どれも冨田先生が実際に入魂で使ってきた機材ばかりですから、保管者はそれらをいわば「分け御魂(わけみだま)」のように大切にしてきたわけです。今回、会場内の3m×6mの冨田勲メモリアルミュージアムのスペースには保管者からのご協力のもと、松武さんが先導役となり、遠路含めて車を走らせて集荷にあたりこのスペースに集められました。大変なご足労だったと思います。
その中には今まで衆目には触れることのなかったコスモシンセサイザー(カシオ計算機様よりお借りしました)、冨田先生から作曲家の千住明氏が直接譲り受けたB-16(録音機材)、また松武さんが冨田先生の側近にいたらからこそ細かい使用目的がわかる超レアなエフェクターや小物類なども含められました。
我々も、保管者も、シンセフェスタのお手伝いをしてくれたスタッフも、冨田先生に関わったみんなが一丸となって、この冨田勲メモリアルミュージアムを成功に導きたいという波動や空気が自然と作られていたように思えます。でなければシンセフェスタ全体もこんないい雰囲気で盛り上がれなかったことでしょう。

開催期間中、ステージでは全9回(1日3回)にわたりトークイベントも行われました。どの会も信じられないくらい大勢の方が集まり大盛況でした。リットーミュージックさんやコロムビアさんからもご来場の冨田ファンに向けた豪華なプレゼント品を頂戴し配らせて頂きました。改めまして深くお礼を申しあげます。

僕はほぼ全トークイベントに立たせて頂きましたが、毎回ステージから見えるお集まりの方々の冨田先生の機材に向けられる熱い視線、またステージで展開される多岐にわたる対談を聞いているときの反応、真剣な眼差しなどは、ものすごかったです。本当に本当に、みんな「冨田勲の音楽」を愛しているんだな、と。囲いのないステージでしたが冨田ミュージアムの前は今まで経験したことのないような熱い空間に包まれていました。冨田先生が天国から見てくれているのであれば、きっとニコニコしてくれていたに違いありません。

会場は四方八方から鳴り響く楽器音で満ちあふれていましたが、こんな騒がしさに負けじと気がつけば自分も毎回、大声で喋っていたようで、後半はのどが荒れてしまいましたw しかし、いろんな方とお話をさせてもらい冨田先生とのことを思い返すたびに、本当に先生がお亡くなりになってしまった寂しい気持ち、そして改めて偉大な功績を残した先生であったことなどが次々に頭の中で交差し、時折胸が熱くなりました…

ご覧のように冨田勲メモリアルミュージアムからはすべての機材がなくなり、また「分け御魂」となって保管者に戻ります。この光景を見ると、ちょっと寂しい気持ちにもなりましたが、またみなさんの前に集まることもあるかもしれません。

冨田勲先生の功績は、これからも忘れられることはありません…

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