PIVOT 制作ドキュメント
初ソロ・アルバムによせて……
今回のアルバムは、僕名義としては実質上、初のソロ・アルバムとなります。昔から何度となく、話が立ち上がっていたものの、途中で話が流れてしまったり、また、日々追われる仕事にかまけて話を置き去りにしてしまったり、と、アーティストとしての本道姿勢に今ひとつ、のめり込めない自分がいました。
そんな矢先、今年の正月、水野さん宛に「PIVOT復活ライブでもやりますか~」などと、いわば社交辞令のような内容を添えて年賀状を出したのがPIVOTのCDデビューのきっかけになりました。水野さんから「ライブよりは、まずはレコーディングやな~。篠田くんは制作の現場は長いだろうけど、もっとキーボード・プレーヤーとしてアピールしないといかんやろ……」という感じで、一挙に話が立ち上がったわけです。その後は水野さんの独走態勢にお任せ(笑)。数週間後にはPIVOTのCDデビューの話が決定されていました。ホント、あの人の行動力、バイタリティには脱帽モノです……。(この辺の経緯は、水野さんとの対談(That`s Dan!)もご覧ください)
とにかく、水野さんは、40才を過ぎた僕に、再び熱いアーティスト魂を注ぎ込んでくれるきっかけを与えてくれました。水野さんからの後押しがなければ、僕もポジティブな姿勢がとれなかったはずです。とても深く感謝しております。
さて、初ソロ・アルバムとは言っても、強力なメンバーにサポートしてもらえるし、みんな気心知れてるメンバーなので、何の気負いもなくCD制作に臨めました。今回はアルバム用に書いた曲はピアノ・ソロ(「エメラルドの波紋」)だけです。大半の曲は、昔のPIVOT、あるいは「篠田元一&布川俊樹プロジェクト」などでもライブ演奏してきた曲です。あえて新曲を書かなかったのは、今までの自分の“ジャズ・フュージョン思考”を今回のアルバムを通じて総括的にまとめてみたかったからです。また、馴染み深い自分のオリジナルが、アクの強いメンバーと一緒にやると一体どんな音になるのか期待が持てたからでしょう。
そして、案の定、みんなたっぷりと篠田オリジナルに“毒”を盛りつけてくれました(笑)。それは、コ・プロデューサーの水野さんの狙いでもあったのですが、この毒が僕のオリジナルのスケールを拡張してくれたのはまちがいありません。レコーディング当初は、正直言って、“なんか違う……”、“もう少しどうにかならないものかな~”などと、自分の音に凝り固まっていた面もあったのですが、それも束の間、みんなの音が重なるにつれて、それぞれ違った視点やセンスで僕の音楽を膨らませてくれているのがわかりました。僕が当初イメージした音よりも「迫力は過激」に、「静けさは耽美的」に、「モダンさはシュール」に、彩られたニュアンスです。また、自分のピアノ、キーボード・プレイも納得のいくテイクが収録できました。初ソロ・アルバムとしては出来過ぎといっても過言でない自信作に仕上がったと思っています。ぜひ一人でも多くの人に聴いてもらいたいと願っております。
ノンリアルタイムで作る究極のリアルタイム・ミュージック!
今回は初ソロ・アルバムですから、“アルバム・コンセプト”なんてカッコ良いものは何も考えておりません(笑)。言うなれば、篠田の紹介(名刺)アルバムと言ってもいいでしょう。だから、その分、フュージョン、ジャズ、プログレ、ECM風、現代曲風など、さまざまなジャンルに傾倒した楽曲を自由に収録しました。ただ、40才を過ぎてからの船出です(笑)。ここは、あくまでも「骨のある本質サウンド」を目指したつもりです。
また、強力なミュージシャンを集結したからといっても、篠田が通常のジャズ/フュージョンのようなセッション・レコーディングを行っても、アピールできる面が今ひとつ希薄です。
だから、僕が今までつちかってきた音楽制作手法の成果や広がりにもなるものを・・・と考えた末、ひとつのテーマに基づき音作りを行いました。そのテーマとは….。
“ノンリアルタイムで作る究極のリアルタイム・ミュージック”
これは、各プレーヤーの妥協のない演奏を1パートずつ収録し、さらにこれを篠田が再構成して白熱したインプロビゼーションのアルバムを完成させていくというものです。
ジャズ/フュージョン系のレコーディングというと、基本的には各プレーヤーのインタープレイや臨場感を活かした一発録音に近いスタイルをとります。だから、それを逆手にとってやろう、というのが、今回の僕の狙いでした。
具体的には、最初に制作したMIDIデータを各メンバーに渡し、それを下地にして、ひとりずつ、あるときは自分の自宅録音システムも活用し、時間を気にすることなく、また外的なプレッシャーを受けることなく、それぞれが納得いくまで、生演奏に差し換え録音をしてもらう。そして、それらのオーディオ・データを一度、まとめあげ、再構成していく方式をとりました。
こうして、集められた演奏は、ひとつひとつのパート演奏上の内容のクオリティは高いものの、ジャズ/フュージョンでは不可欠なインタープレイのティストに欠けてしまうケースもあります。この点は当初から危惧していたのですが、さすがにプレーヤーの演奏レベルが高いだけに、オーディオ・データをひとつに並べたときに、すでに高い水準には達していました。
ただ、それでも、もっと“汗”を感じさせる白熱感や臨場感がほしい、という欲求も生まれてきます。また、メンバーによって、使用ソフトが異なるためにオーディオ・データの互換を計るだけでなく、録音環境の違いから生じる音質面もひとつに馴染ませる必要性も出てきたわけです。
そこで、メンバーの許可のもとに、一部の楽曲では、演奏上のインタープレイやコール&レスポンスは波形編集という手段によって、より生々しさを追求していきました。もちろん、この作業は元演奏のニュアンスや表現を損なっては意味がないので、慎重を要したのは言うまでもありません。また、サウンド面の一体化という点では、すべてのオーディオ・データをProToolsに取り組み、プラグインを屈指し機微な補正を行ったりもしました。
トラック・ダウンもすべてProTools内で行ってしまおう、とも思ったのですが、いかにも「ProToolsの音」にはしたくありませんでした。また、ProToolsはどんなに優れていても一度にひとつのことしかできません。そのため、ここからはMOTO MUSIC STUDIOのキャパでは実現できないので、最終段階でMITスタジオに移り、「PCM-3348+Pro Tool」のシステムで時間をかけてTDを行うことにしました。
このようにして出来上がったサウンドは、とてもバラ録音したとは思えぬ白熱したライブ感のあるインスト・アルバムに仕上がったと思っています。実際、これがごく普通のレコーディング・スタイルによるもの、と感じ取っていただければ、単純に初ソロ・アルバムを作った野心?以上に、やったね…という思いです(笑)。
以上のようなシステムをとった背景には、もちろん、バジェットの絡みもありました。ただ、バジェットが少ないからといって、時間を気にして、ケツを叩かれながら演奏しても、なかなか良いサウンドは生まれにくい。ジャズ/フュージョンという、マイナーなジャンル(笑)において、ひとつの提案をしたと自負しているところもあります。
現在では、コンシューマな録音機材でも、高いレベルのサウンドが作れます。ノン・リアルタイムのレコーディングでは、もはや不可能なものは何もありません。それを寄せ集めるだけなら、ポップスの世界では当たり前ですが、インプロビゼーションのキャラクターにあえて手を加えてオリジナリティを作り上げる、というのは案外、なかったのではないかと思っています。
“ノンリアルタイムで作る究極のリアルタイム・ミュージック”……
これは、舞台と映画の違い、と捉えてます。舞台はリアルタイムでの臨場感を楽しむ。たとえセリフを間違えても、歌のピッチが狂ってしまっても、そこにはお客と一体となった世界があります。その一方、映画は、役者さんのセリフ回しも、顔の表情もベスト・テイクを収録し、編集して完成度を高めていく。ノンリアルタイムでありながら、臨場感のある世界を創造していきます。
僕が目指したのは後者のスタイル。ただ、生半可なものじゃ、新味がない。だから究極のノン・リアルタイムを目指したのです。