源氏物語交響絵巻 序論
冨田先生とお仕事をさせて頂くのは今回が初めてです。先生が名誉会長を務めております日本シンセサイザー・プログラマー協会(JSPA)に僕も理事会員として在籍している関係上、何度かお話させて頂く機会はありましたが、大きなプロジェクトでご一緒させて頂けるとは夢にも思いませんでした。僕自身、学生時代から『月の光』、『火の鳥』、『惑星』など、一連の“世界のトミタ・サウンド”に圧倒され、深い感動を覚えながら聴き続けてきたわけですから、今回のプロジェクトは狂喜としかいいようがなく、まさに光栄の極みです。
実際、先生とお会いするまでは、とても緊張していたのですが、いざお話すると、気さくで、とても楽しい方で安心してしまいました。お会いした当初、今回のコンサートに先駆け、RSS立体音響の仕込みにローランドの浜名湖スタジオまで二人で出かけることになったのですが、その時は正直言って、東京-浜松の往復約3時間を隣合わせて一体どんな話題でつなごうか、僕は僕なりに苦労していたのですが(笑)、そんな心配をよそに、先生の方から進んで、昔手掛けた故・手塚治氏の「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」、「天と地と」をはじめとするNHK大河ドラマなどの劇伴音楽制作、人生を賭けてまで高額購入した(笑)MOOGシンセ、海外イベント・コンサートでの苦労話、ストリングス・サウンドの質感の出し方、実際のオーケストレーションのポイント、独特のミックス・ダウンなど、貴重なお話をたくさんして頂きました。
ちなみに先生が喋りだすと、もう止まりません(笑)。話題は音楽に留まらず、食べ物のこと、芸能界の裏話などなど、もう話題満載です(笑)。先生は僕の両親と年齢的にはそう変わらないのですが、感覚的には信じられないくらい若いのです。今でも先生と電話で話していると、肝心の仕事の件をよそに雑談でいつも長話になってしまいます。
ところで、先生は今回の「源氏物語」を作曲するにあたって、Studio Visionと某DTM音源一台だけでデモを制作しています。このデモはステージで流すハイビジョン映像、それに我々演奏者の資料用ということだったのですが、デモなんてとんでもありません。このまま先生のCD作品として発表してもいいくらい完成度の高いものでした。作曲と打ち込みで約3カ月ほどかかったとのことですが、1台のDTM音源でここまで鳴らせてしまうのか、とても信じられないものなのです。特に和楽器の笛や琴の表現力、ストリングスの奥行きや広がりは感動モノです。先生も自信作の様子なので、今後「源氏物語データ集」としても発売される可能性があるかもしれません。
先生ご自身も、このデモから実際のオーケストラのスコアを起こしています。当然、打ち込みのサウンドから、実際のスコア化の段階で、アレンジ的にも種久の変更が行われるわけですが、この作業と併行して、他のお仕事も重なってしまい、かなりハードスケジュールの様子でした。その間、先生からお仕事を紹介して頂けたりして、いろんなやりとりがあったのですが、先生が最終的にすべてのスコアを書き終えたのが、何と日本公演2日前の11月20日です。演奏時間約75分の大曲ですから、相当なスコアなのは想像できるでしょう。リハーサルは2日間だったものの、本番で大成功を収めることができたのは、スコアの素晴らしさの証と言ってもいいでしょう。
僕自身、先生とご一緒に大きなステージに上がれた点に加えて、フル・オーケストラと一緒に演奏できた点は大きな経験になりました。レコーディングのダビングなどでオーケストラと一緒になることは過去に何度か経験していますが、先生の実際の指揮のもとにオーケストラと一体となって演奏する快感は言葉では表すことができません。音楽が“生き物”のような……、何とも今まで経験したことのない世界を味わうことができました。また、和楽器の表現力の素晴らしさにも触れることができたし、ローランド社の協力のもとに、RSS立体音響を大きなホールで体感できたし、とにかく、これからの僕の音楽人生にとっても大きな“糧”になったプロジェクトでした。