「当たり前」の反対は「感謝」
最近、更新が滞ってしまいましたが…ちょっと近況を(泣)。
実は数日前、重いコンクリートに右手の人差し指を挟んでしまい、なんと骨折してしまいました。
音楽を生業にして、長いこと鍵盤を弾いてきた身としては、右手人差し指の骨折というのは、単なる指一本のケガでは済まないものがあります。
まぁ、本人はいたって元気なのですが(泣いてる…)、実際にこういうケガをしてみると、今まで考えたこともなかったことを、いろいろ考えるものですね。
まず、右手が自由に使えないというのが、こんなにも不便なのかと。
物を持つ、パソコンを使う、スマホを操作する、服を着る、食事をする…。
普段はそんなこと、いちいち考えてやっていないじゃないですか。
「よし、ここで右手を使おう!」なんて思って箸を持つ人はいません。
ところが、いざ指を痛めてみると、「あれ? これも右手を使ってたんだ」、「これもか!」、「え、こんなことまで?」…
今まで、ずいぶん右手には働いてもらっていたんですね。
そして自分の場合、やっぱり音楽です。
鍵盤の前に座って、両手を置いて、10本の指が普通に動く。そんなことは今まであまりにも当たり前すぎて、「ありがたいなぁ」なんて思いながらピアノやシンセを弾いたことは、正直ほとんどありませんでした。
もちろん、もっと大きなケガや病気と向き合いながら日々を過ごしている方もたくさんいらっしゃいます。そうした方々のことを思えば、今回の自分のケガなんて、まだまだ小さなことです。ただ、自分自身がほんの少し不自由になったことで、改めて気づかされたことがあります。
何かができなくなって初めて、「ああ、今まで当たり前だと思っていたことって、実は当たり前じゃなかったんだな」と。
以前から「当たり前の反対は、“感謝”なんじゃないか」と思うことがありましたが、今回はそれを身をもって感じています。
ここ1〜1か月半ほどは、人前での演奏は難しそうです。制作仕事は詰まってしまったので、ここは工夫しながら、なんとか乗り越えていこうと思っています。作曲やDTM作業、レッスンなどは大丈夫。ゴルフのお付き合いも当面はお休み。しばらくは大人しく、自分自身や日々の「当たり前」を見つめ直す時間にしたいと思っています。
皆さんも、どうぞケガにはお気をつけください。「これくらい大丈夫」「ちょっとだけだから」という時こそ、一度立ち止まることが大切なのかもしれません。

